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【インタビュー】「撮影で福岡に入ってからグッと変わった」。映画『記憶の技法』主演・石井杏奈さん&池田千尋監督

 自分の大好きな両親が本当の親ではないという事実に直面した女子高生が、意を決して自身の忘れ去られた過去を見つけに福岡へ向かう。漫画家・吉野朔実の原作を映画化した『記憶の技法』は、衝撃的な出来事により過去を封印してしまった17歳の少女による自分探しの旅の記録です。
ロードムービーであり、心理サスペンスであり、少女の成長物語でもある本作で主人公の鹿角華蓮を演じたのは、映画、ドラマ、CMへの出演が相次ぐ今注目の女優・石井杏奈さん。今回、石井杏奈さんと映画を手掛けた池田千尋監督を直撃し、物語の主な舞台である福岡についてもその思いを話していただきました。

 

左から主演の石井杏奈さん、池田千尋監督

■「自分が華蓮の立場だったら、
きっとどんな過去でも、どんな現実でも探しに行く」

 

――原作との出会い、そして映画化しようと思ったきっかけはなんでしょう?

池田監督:作品との出会いはずいぶん昔で、16年ぐらい前なんですけど。私は漫画を読むのがもともと好きで、吉野先生の作品に初めて出合ったのが『記憶の技法』だったんです。読んだ時に「この作品を映像化したい」と初めて思えた作品でした。「人はここまで変われるのだ」、「ここまで自分と向き合って乗り越えることができるのだ」ということが描かれていると私は感じていて。当時、私も自分自身乗り越えないといけないことが凄くたくさんあって、悩んでた時期でもあったんですが、そこと凄くリンクしたんだと思うんです。ラストシーンで主人公の華蓮が他者を抱きしめることができるようになって、「人間はここまで変わることができる」ということを映像でどう伝えられるだろうと考えていました。


――石井さんは作品へのオファーがあった際はどう思いましたか?

石井:原作を読ませていただいて、とても苦しく、華蓮として読むには凄く辛い内容で読むのに必死でした。こういう人がもし世の中にいたとしたら凄いものを背負っているなと。今まで自分が経験したことのないぐらい苦しい感情をいだいて、「どうやって演じたらいいんだろう」という、そこから入りました。台本をいただいて、華蓮の強さや明るさだったりが苦しい現実から引き戻してくれる材料になっているのかなという思いも生まれ、そこから監督とお話し、稽古をしながら詰めていきました。


――監督は石井さんにどのような演技を求められましたか?

池田監督:最初にリハーサルをやってみた時に、杏奈ちゃん華蓮に重い過去があるということを知った上で演じていたから、ちょっとトーンが落ちていたんですよね。華蓮は最初の時点で自分に何か欠けているという感覚はあるんだけど、ちゃんと笑うし普通に生きている女の子でもある。だけど、自分自身の過去の記憶に挑んでいける強さも持っているので、リハーサルで杏奈ちゃんの演じる華蓮を見せてもらいながら、だんだんと掴んでいったかなという気がしますね。


――監督のオフィシャルコメントで「撮影当初は石井さんがなかなか心を開いてくれなかった」という言葉がありましたが、撮影中にも石井さんの心境の部分で変化があったのでしょうか?

池田監督:杏奈ちゃんが役者として心を閉じていたわけではなかったんですよ。私自身も経験しているのでそうなのかなと思ったんですけど、当時18~19歳ぐらいのこれから社会に出ていく人が持っている頑なさみたいなものを杏奈ちゃんに感じたんです。それは華蓮と一緒に旅に出る怜役の栗原吾郎くんも同じで、まさにその時代を生きている頑なさみたいなもの…それを自分でもわかっているから何とか乗り越えようとしているんだけど、すんなりといくわけではないという、そういった葛藤している時期に私は出会ったんだなと思っていて。それは撮影しながら凄く感じていたんです。私も「こうしよう、ああしよう」って一緒に演出することはできても、彼女の心の内までは踏み込むことができないので、どう変わっていくのかなってジッと見つめていました。撮影中、福岡に入って以降、グッと変わったなと私は感じていて。

石井:たしかに福岡に行って、空き時間があっても見慣れた景色ではない環境で長い時間を過ごした時に、いつもと違う感覚にもなりますし、そういうところが心を開く開かないに繋がったのかもしれません。意識的には、開こうと思っても開けないですが、福岡の地がそうさせてくれたのかなと思います。


――映画のテーマの一つでもある、“過去を忘れる”ということはプラスに捉えられることもありますよね。また、華蓮は真実を追い求めたからこそ自身の今後の人生を前向きに歩けるようにもなります。お2人は人間の“忘れる”ということに対して、華蓮の姿も含めてどのように思いますか?

池田監督:たしかに忘れるということは人間を生きさせることでもあると思います。ただ、華蓮の場合、凄惨だからこそ封じられてしまった記憶と向き合うことが、イコールで自分という人間が何者であるか…これは誰しもが経験する問いだと思うんですけど、その問いと向き合うにあたって、自身の凄惨な記憶の扉を開くことがマストであった。それは彼女の過酷な運命だと思います。記憶って当初は世界や他者に接した中で起こったものであるという、確実に世界に開かれているはずのものが、記憶になった瞬間から自分の中でどんどん変換していってしまう。凄く閉じたものになるという印象なんですけど、華蓮はその逆の旅路をあえて選んだというところが面白いなと思っています。

石井:私は嫌な記憶ほど忘れられなくて、楽しい記憶ほど忘れてしまいます。ショッキングな記憶はずっと忘れたいと思いながら考えてしまうので、ずっと付きまとってしまいます。今回の作品で記憶について凄く考えさせられたのですが、自分が華蓮の立場だったら、きっとどんな過去でも、どんな現実でも探しに行くと思いますし、嫌なことがあるとわかっていても、怖いもの知らずになるだろうなというのは華蓮に共感できた部分でもあります。


――物語の中では福岡の様々な土地がたくさん登場しますね。福岡が作品上で作用した部分はありますか?

池田監督:新しい土地で撮影できるのは凄く楽しいことで、今までに見たことがない福岡の表情を見つけたいという気持ちもありながら撮影していたんです。西戸崎をメインの街として撮影させていただいたんですけど、あの街が持つ独特の空気感。それっておそらく米軍基地がかつてあっただとか、そういったいろんな顔を見せる街だなって。福岡が海沿いだったということもこの映画にとても影響を与えています。華蓮が最後、答えにたどり着く場面でも海が出てきますね。あと、ラストシーンは東京の設定なんですけど、実はそこも福岡で撮影していて。桜が咲く凄く良い坂道だったので、あのロケ地を見つけるまで凄く時間がかかったんですけど、発見できたことでシーンが凄く膨らんだなと思っています。

石井:物語の中で福岡に来たことで、本当に旅をした気分になりました。華蓮はショッキングな事実とも出合いますが、イメージ的に福岡は凄く穏やかで、温かい街という印象があり。良い意味で物語とのギャップが映像としてスッと入ってきたというのは、福岡の街ならではかなと思いました。


――タイトルバックや印象的に挿入される金魚のカットなど、赤という色が作品のキーワードになっているように感じました。

池田監督:カメラマンと撮影前にどういうルックにするかを考えて、序盤の華蓮が東京で暮らしているところではなるべく赤を入れないようにしようと。福岡に着いてから徐々に赤が登場していきます。華蓮の過去の記憶がパッと蘇るあの瞬間に向けて色をギュッと出したということをしています。


――作品を見ながら自分自身のルーツについて考える方も多いと思います。今回の作品や撮影を通して発見や気づきのようなものはありましたか?

石井:家族のことは凄く考えました。撮影から2年半経って改めて作品を見た時に、当時は親に対してつっぱってたなと。反抗期な部分もあり、凄く怒られたりしたのですが、今になって「言われておいてよかったな」、「実は前に進むきっかけになってたな」と、そういうことを思い返すことがありました。

池田監督:撮影から公開まで2年半もかかったのは初めてだったので、杏奈ちゃんに頑なさの話をしましたけど、私自身も少し頑だったんだなぁって。今見ると「撮影をこうできたんじゃないかな」って思う部分は山のようにあって、それはなかなかない経験なんですよね。自分が今どの地点にいて今後どの地点まで行けるのかを考えるきっかけになりました。


――ありがとうございました。最後にメッセージをお願いします。

池田監督:私の出身地は静岡ですが、自分の住んでいる街が映画の中で物語と共に映し出されることで、土地が新しい顔を見せてくれるということがあると思っていて。皆さんのよくご存知の福岡がこの映画の中でどんな顔をしているか観ていただいて、楽しんでいただけたらいいですね。

石井:心に届くものが絶対にあると思うので、今だからこそ観ていただきたい作品だなと思います。

 

© 吉野朔実・小学館/2020「記憶の技法」製作委員会

■映画『記憶の技法』/上映中

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