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シティ情報ふくおか初のウェブ小説連載 三崎亜記氏作「博多さっぱそうらん記」第二話

 

文化祭の目玉企画に据えていたのが、博多人形師による、人形作りの実演だ。博の発案で、出演交渉も博がやっていた。職人気質の人形師の快諾を得たことで、博の評価はうなぎ登りだった。だけど、文化祭当日の日曜日、客入れをして準備万端整えたものの、人形師は待てど暮らせど現れなかった。
「だって……人形師さん、確かに言ったとに……。よかよって……」
ぶっきらぼうな博多人形師は、「(忙しかけん、実演やらせんで)よかよ」と言ったのだろう。だけど、生粋の博多っ子ではない博は、「(忙しかけど、実演ばしても)よかよ」と捉えてしまったのだ。目玉企画が頓挫して文化祭は失敗。博は皆に糾弾され、その夜の打ち上げにも参加せずに帰ってしまった。
文化祭翌日の月曜日は代休だった。かなめは心配になって、連絡用でしか使っていなかったメールで、博をデートに誘った。デートの定番のキャナルシティ前で待ち合わせたが、同級生に会いそうだったので、足は自然に郊外に向かった。かなめは敢えて、文化祭の事には触れなかった。最初は浮かない顔だった博も、那珂川沿いを歩きながらたわいない話をするうちに、次第に笑顔を見せるようになっていた。
住吉神社の前を通りかかると、何やら人だかりがしている。
「そうか。今日はちょうど、住吉さんの歩射祭の日やったね」
「博君、歩射祭って何ね?」
「歩射祭は、毎年十一月七日に行われとる神事で、平和と疫病退散ば祈願して、南西の方向に矢を放つ伝統行事たい。平安時代に、海賊船の襲撃が住吉神社の祈願で止まったけん、お礼として大宰府政庁の役人が境内で歩射を行ったとが祭りの起源らしかよ」
「博君は、博多のことば、良ぅ知っとるね」
かなめが笑いかけると、博は少し照れた表情で、笑顔を返してくれた。胸のうずきを、かなめは心地よく受け止めた。
せっかくだから、歩射祭を見学していくことにした。
「福町さん。大丈夫ね?」
他の見物客に押されてよろけるかなめを、博がさりげなく手を握って支えてくれた。
「うん、ありがとう……」
動揺を悟られたくなくって、わざとそっけなく言ったかなめだった。
「福町さんこそ、俺のことを心配してくれたとやろう? ありがとう」
博の方を見ることもできず、かなめは硬直したように、前を向き続けた。かなめの前には、二人の人物がいた。着物姿の老人と、何か威厳がありそうな制服姿の男性だった。二人の背中で、歩射祭の様子はよく見えなかったけど、かなめの心は、それどころじゃなかった。
「あのさ、福町さん……。いや、かなめ……」
博の握った手に、力が込められた。
「あの、良かったら、俺と……付き合ってくれんね」
射手が弓を引き絞る。ざわめきが消え、水を打ったような静寂が訪れた。
「うん……、よかよ」
かなめの答えと同時に、矢が放たれた。その瞬間、矢とは反対方向の、かなめと博の方に向かって、光がほとばしった。光は刃のように襲いかかり、目の前にいた着物姿の男を貫いた。
「いやっ! やだっ!」
その途端、つないだ手が燃えるように熱くなり、かなめは思わず、博の手を振りほどいてしまった。
着物姿の男は、忽然と姿を消した。あの光によって消滅してしまったかのようだ。見物客の誰も、男性が消えたことに気付いていないようだった。連れの制服姿の男性も、いつのまにかいなくなっていた。
姿を消したのは、その男たちだけじゃない。博もだ。博は、かなめが振りほどいた手を信じられないもののように見つめて、背を向けて駆け去ってしまったのだ。
翌日から、博は学校にはほとんど出てこなくなった。卒業できる最低日数だけ出席し、予備校で猛勉強して、東京の大学に行ってしまったという噂だった。卒業式にも出てこなかった博を、かなめは心配していたが、メールも携帯番号も変えてしまったらしく、どうしようもなかった。成人式にも、高校の同窓会にも来なかった博のことを時々思い出しながらも、大学を卒業し、社会人になった。そして今日、八年ぶりに、博と邂逅したのだ。
「うちがうっかり、よかよって言ったとが、トラウマば刺激してしまったとかなぁ……」
かなめはちゃぶ台に突っ伏した。テレビCMでは、博多華丸・大吉が、「JAバンクでよかろうもん!」と能天気に言って、かなめの心を逆撫でする。テレビはローカルニュースに切り替わった。十日恵比須神社で、一月の「十日恵比須詣り」の準備が始まった話題だ。今年は二メートルもある巨大熊手を作るらしく、巫女さんたちが奮闘している。あの大熊手で、かなめの運も引き寄せてくれないだろうか。
「ほら、がめ煮ができたばい。食べんね」
おばあちゃんが、できたばかりのがめ煮(筑前煮)を鍋からよそってくれた。博多ならではの骨付きの鶏肉だ。母親が作るがめ煮は骨なしだったので、子どもの頃はおばあちゃんのがめ煮が苦手だった。だけど、今はこの方が、がめ煮の味わいが深くて気にいっている。
「その子は、博多のことば毛嫌いしとるばってん、博多のことはよぉ知っとる。あんたは博多のことは好きやけど、博多のことはなぁんも知らん。案外、良かコンビになりそうやんね」
「おばあちゃん、何ば言いよる……痛ったぁ! もう、変なことば言うけん、がめ煮の骨ば噛んでしまったやんね」
いけ好かない態度の博と「良かコンビ」だなど、考えたくもなかった。
「がめ煮も、固くて食べられん骨が入っとるけん、味がよう染むとたい。あんたと博君も、今は骨んとこば囓りよるとかもしれんね」
「この先も骨ばっかりで、美味しいとこやらなさそうやけどね」
そう言ってがめ煮を頬張るかなめに、おばあちゃんは目を細めた。
「もうすぐ三年になるたいねえ。博多駅前に大っきか穴が開いて、博多の街がさっぱそうらんになってから」
「さっぱそうらん」とは、「大騒ぎ」という意味の、博多の古い言葉だ。
「あんたはあの陥没事故で、ホントなら命ば落としとったとかもしれんとやけんね。後の人生は、好きに生きんしゃい」

夕食までをごちそうになってから、おばあちゃんの家を出て、かなめはトボトボと歩きだした。
「博君、昔は話しやすかったし、とっても優しかったとにな……」
八年の歳月以上に、博は遠かった。車のクラクションが、追憶から現実に引き戻す。気付けば、博多駅近くの横断歩道だった。陥没事故が起きた場所だ。今はその痕跡もなく、人々は事故など忘れてしまったように歩いている。
三年前の十一月八日は、平日の火曜日だったが、会社の創立記念日で休日だった。前日深夜から同僚たちとカラオケで「オール」して朝帰りしていたかなめは、駅前のセブン-イレブンで朝ご飯を買って、店を出ようとしていた。その矢先の午前五時十五分、足先の地面がごっそりと無くなった。間一髪だった。博多駅前の目抜き通りの陥没事故は全国中継され、街は大騒ぎになった。
陥没事故の真相は、今も謎のままだ。
誰にも秘密にしていることがある。あのとき、突然布でも被せられたように眼の前が真っ暗になって、かなめは思わず立ち止まったのだ。それがなければ、かなめは店の外に一歩を踏み出して、命を落としていただろう。
――二人で手ばつないで、博多の街ば救ってくれんね……
暗闇の中で聞こえてきた声は、今もかなめの耳に残っている。

 

 

「こりゃあ、おおごと、おおごと!」
夕方四時締めの発注業務が一段落した頃、社長が慌てふためいて会社に戻ってきた。小柄で丸っこい体型なので、ピンボールのボールが盤面で右往左往するみたいなせわしなさだ。
「社長の『おおごと』は、ホントに大事やった試しがなかもんねぇ」
大橋先輩が耳打ちしてくるが、かなめには気になることがあった。
「社長、会合で何か問題でも起きたとですか?」
社長は、博が公園デザインをする祇園の再開発プロジェクトのキックオフ・ミーティングに、調整役として参加していたのだ。
「起きたも起きた。大問題たい!」
椅子に座ると、社長は夏でもないのにタオルを取り出して、薄まった頭からおでこ、そして顔から首筋、脇の下までと拭きだす。これが終わらないと、話の続きは始まらない。
「実行委員さんたちが、腹かいて席ば立ってしもうたとたい!」
「何に腹かきなさったとですと? お茶受けが気にいらんやったとですか? 誰かが盛大に『博多時間』ばやらかして遅刻なさったとか?」
「そげんこつじゃなかとたい」
大橋先輩の茶々入れにも反応せず、社長は大きな溜め息をついた。
「あの東京から来たデザイナーの若かつが、問題ば起こしてねぇ」
かなめは思わず立ち上がった。
「博く……いえ、デザイナーさんが?」
会社には、博と幼なじみであることは隠して、普通に博多を案内したと報告しただけだ。大橋先輩からは、「せっかくのチャンスばふいにしてから!」と怒られたけれど、今の博と、これ以上近づきたいとは思えなかった。
「途中まではうもう行きよったとばい。東京の人ばってん、博多のこつばよぅ知っとって、こりゃあ公園プランも期待が持てるばいって思いよったとに、急に態度がおかしくなったとたい。まるっきり人が変わったごとなってしもうて、いきなり博多に罵詈雑言ば浴びせ始めたとたい」
川端通商店街での、博の豹変ぶりがよみがえった。プロジェクトは、祇園地区の再開発も目的としており、実行委員会には、博多の重鎮の議員や商店主たちも名を連ねていた。そんな場で、博多のことを悪く言うなんて……。
「挙げ句にくさ、博多なんて田舎くさいから、都会的なデザインにしましょうやら言い出すもんやけん、もう、たまがってしもうた!」
「何か、きっかけがあったとですか?」
「思い当たることはなかなぁ……。公園のコンセプト案の資料のページが一枚抜けとって、デザイナーさんが気にせんごつ、実行委員長が言うたとたい。よかよよかよって。そこから急に……」
「よかよ!」
もう間違いない。博は、博多弁の「よかよ」が自分に向けられると、自動的に「暴走モード」に入ってしまうんだ。
「ちょ、ちょっと、私、様子ば見てきます」
「よかよ、かなめちゃん。その調子で、弱ったところで優しゅうしてやるとが、男ば落とすテクニックやけんね」
「そ、そんなんじゃなかですよぅ……」
先輩への返事もそこそこに、ホテルの会議室に向かった。博だけがうなだれて残っていた。自信満々で初回の会合に臨んだはずなのに。
「博君、いったいどげんしたと? 生粋の博多っ子が揃った委員会で、博多のことば悪く言ったら、こうなるってわかっとろうもん?」
そう言うと、博は顔を上げ、かなめを睨みつけた。
「他人事みたいに言って! もともとはかなめが……」
「なぁに、うちがどげんしたと?」
「い……いや、なんでもない」
ごまかすように言って、再び座り込んで頭を抱え込む博。
「すっかり克服したって思ってたのに……。『あの言葉』を聞いたら、博多への本音がダダ漏れになっちまった!」
ようやく我に返った時には、委員は全員席を立って帰ってしまっていたそうだ。その傷心ぶりを見ていると、さすがにかわいそうになった。
「すぐに、実行委員長に謝りに行った方がいいっちゃないと?」
「行こうと思ったさ。だけど、電話を取り次いですらもらえないんだ」
博はうなだれて、髪をかきむしった。
「はぁ……。仕方がなかね。そんなら、うちが話してみるけん」
「オレが謝っても無理だってのに、かなめに何ができるって言うんだよ」
博には取り合わず、かなめはスマホを手にした。
「もしもし、仲西のおじちゃんね? かなめです。今大丈夫? うん、今日の会議、大暴れしたって? あはは、そうね。うん……、うん……。あのね、東京から来たデザイナー、うちの友達とたい。話だけでも聞いてもらえる? わかった。そんなら、三十分後にね」
目を見開く博の前で、かなめはスマホをしまった。
「な……なんで、かなめ、そんな簡単に……」
実行委員長は、川端通商店街の商店主組合の会長だ。かなめのおばあちゃんの小学校の下級生だったこともあり、幼い頃から、連れられて何度も店を訪れて、かわいがられている。
「さ、二◯加煎餅ば買って、謝りに行こう。うちも一緒に行くけん」
東京だったら、謝罪の定番は「切腹最中」らしいが、博多では断然、銘菓「二◯加煎餅」だ。にわかの面をつけて「ごめ~ん」と謝るCMが昔から変わらず流れ続け、博多で知らない者はいない。
川端通商店街は、近くにお寺が多いこともあって、仏具店が多い。「仲西のおじちゃん」の店は、そのうちの一軒だ。店はもう閉まっている時間なので、博多川沿いの裏口から入って、事務所に赴いた。
「あの、先ほどは、大変申し訳なく……」
ぎこちなく頭を下げる博を、会長はまだ睨んだままだ。怒りは収まっていないらしい。事務所の机の上には、チラシの束が積まれている。
「そうか。今はちょうど、せいもん払いやったとやね。ごめんね、おじちゃん。商店街の忙しか時期に」
せいもん払いは、毎年十一月の中旬に、川端通商店街を中心に、博多一円で開催される、大安売りの催しだ。
「それたい、かなめちゃん。忙しかとやったら、まぁだ機嫌も良かとばってんな……」
「なぁに、売り上げが伸びとらんと?」
仲西会長が、腕組みしたまま頷いた。
「順調に伸びとったせいもん払いの売り上げが、二〇一一年から下降気味にはなったとたい。まあ、東北で大っきか地震のあった後やけん、心理的な面もあるかと思いよったとばってん……」
寄せられた眉と深い溜め息が、事態の深刻さを伺わせた。
「いつ頃やったかいな……。ああ、そうたい。博多駅前の陥没事故のあった年から、売り上げが激減したとたい」
「二〇一一年と、二〇一六年の、十一月ってことか……」
歩射祭と陥没事故。かなめが不思議な体験をした、二つの「十一月」だった。
「そして今年はついに、誰も来んごとなってしもうた! 理由もわからんけん、対処のしようのなかとたい」
仲西会長は、嘆くように首を振った。そういえばかなめも、今年は「せいもん払い」のことを一度も耳にしなかった。
かなめが会長と話している間も、博は頭を下げ続けている。会長はその姿を、腕組みして見つめていた。
「ああ、綱木さんやったかな。あんた、もう……よかよ」
どうやら会長は、博の殊勝な態度に、怒りを鎮めてくれたみたいだ。
長いお辞儀から顔を上げた博は、殊勝どころか、ふてぶてしい表情で、仲西会長を見据えた。
「せいもん払いにお客が来ない? 理由なんか簡単でしょう。この商店街に魅力がないからですよ」
しまった! 仲西のおじちゃんの「よかよ」で、博が暴走モードに突入してしまった。
「だいたい、博多のせいもん払いなんて、明治の頃に大阪の蛭子市の誓文払いの賑わいを見た博多商人が、博多でもやろうって真似事で持ち込んだ、伝統も謂われも何もないものじゃないですか」
「あ、あんた、何ば言いよるとな!」
会長が肩を震わせて激昂するが、博の追撃は止まらなかった。
「本来は大阪の商人が、この日ばかりは儲けは度外視でお客様に奉仕しますってえびす様に誓いを立てて、倒産覚悟で臨んだものですよ。それを、形ばっかり真似して、この機会に儲けようだなんて考えてるから、えびす様のバチがあたったんじゃないんですか?」
「貴様ぁーん! なぁんば言いよるかぁーっ! うっ叩くぞぉーっ! 出ていかんかぁーっ!」
頭から湯気を出す勢いで、仲西会長は叫んだ。
博が自分を取り戻したのは、店を追い出されて、背後でものすごい勢いで扉が閉じられてからだった。
「俺……。また、やっちまったのか……?」
青ざめて頭を抱え込む博を、かなめは溜め息をついて見つめるしかなかった。お詫びの「二◯加煎餅」も渡せずじまいだ。
「ど、どうすりゃいいんだ……」
もはや、二◯加煎餅のCMみたいに、「ごめ~ん」って謝りに行って済むような状況じゃなかった。
「博君。こうなったら、やれることは一つだけのごたるね」
「一つだけ? それって……」
博は、救いを求めるまなざしをかなめに向ける。
「博君が、せいもん払いに、客ば呼び戻すことたい」

翌日、博と共に商店街を訪れたかなめは愕然としてしまった。
「え……。せいもん払いの土曜日なのに、なして?」
「せいもん払い」のノボリは華々しく翻っているものの、人通りはほとんどない。子どもの頃、おばあちゃんに連れられて出かけた大賑わいの「せいもん払い」を見慣れたかなめにとっては、異様な光景だった。
「とても無理だよ……。地元の住民からも見離されているようなイベントに、人を呼ぶなんてできっこないよ」
博が大げさな溜め息をついて嘆く。内心、かなめも同じ思いだったが、博に馬鹿にされると、ムラムラと反発心が湧き上がった。
「あっそう。そんなら、うちは協力せんけんね。委員会も開催できんで、すごすごと東京に帰って、大目玉くらったらいいっちゃない?」
「えっ……。ちょ、ちょっと待ってくれよ」
踵を返しかけたかなめの前に、博が慌てて立ち塞がった。
「頼む! 仕事を外されて帰るなんてことになったら、俺はもう、会長にも顔向けできないし、業界にいられなくなっちまう」
土下座せんばかりの博の姿に、かなめは溜め息をついた。
「それじゃあ、うちと協力してやるって、約束できると?」
「わ……わかったよ」
とにかく、動くしかなかった。
「まずは、お客さんを呼ばんといかんけん、チラシ配りばせんとね」
チラシは商店街の入口や地下鉄の駅に置かれているが、誰一人として手にしようとしないので、大量に余っていた。
「えぇ? このSNSが発達した時代に、なんてアナクロな……」
「博君、二人で協力するって、言ったばっかりやろう?」
渋る博を急き立てて、商店街入口で、チラシ配りを開始した。
「商店街で、せいもん払いやってまーす!」
精一杯明るい声を出して、通行人にチラシを差し出す。だが、人々はチラシを受け取ろうともせず、客足はますます遠ざかっていった。
「なんだか、商店街自体に結界でも張ってあるみたいな感じだな……。あっちは、あんなに人が群がってるってのに」
博が溜め息をついて、明治通りの向かいの人だかりに恨めしげな視線を注ぐ。商業施設「博多リバレイン」には福岡アンパンマンこどもミュージアムが入居していて、来年の「博多どんたく」までの期間限定で、高知の「やなせたかし記念館」から移設された「ジャイアントだだんだん」像が街頭展示されている。像の前で、「だだんだん」に追いかけられている写真を撮るのが人気になっていた。かなめも、「だだんだん」みたいに通行人を追いかけて、商店街に追い立てたい気分だった。
「これじゃ、せいもん払いどころか、門前払いって名称に変えた方がいいみたいだな」
ぼやく博を叱る気にもなれずに、一枚も減らないチラシを見つめた。
「とにかく、チラシがなくなるまで、今日は帰らんけんね。博君、早よ配らんね!」
「ええっ? そんなの無理だって!」
泣き言を言う博を追い立てるようにして、脇目も振らずにチラシを配り続ける。相手が誰だなんてお構いなく、人の姿を見たらチラシを渡すために突進する。いつのまにか、周囲はすっかり暗くなっていた。
「かなめ、何か……おかしいぞ」
「博君、無駄口叩いとらんで、早よ配りって!」
「そうじゃなくって、かなめ、周りを見てみろよ」
人ばかり見ていたので、周囲を見渡す余裕がなかった。
「なんか……おかしかね」
いつもと同じ博多の街のようだが、どこかが違う。道沿いに並んでいる店々は、形は同じなのに、普段とは様変わりしていた。居酒屋に焼き鳥屋、カレー屋と、様々な飲食店が並ぶ一帯だったが、店は軒並み博多ラーメンと博多うどん、博多水炊きに博多もつ鍋、博多一口餃子と、「博多」を冠する店ばかりに変貌していた。飲食店だけかと思いきや、その他の店は、博多人形や博多織、博多独楽と、これまた博多名物の店に様変わりしている。コンビニに並んでいるのは「博多の女」や「博多ぶらぶら」、「辛子めんたいこ」に「うまかっちゃん」と、博多名物のお土産品ばかりだった。
「見ろよ、かなめ。車のナンバー」
道行く車はすべて、存在しない「博多」ナンバーだった。建物の、福岡市と書かれている住居表示もすべて、「博多市」になっている。
「なんね……これ。いったい、何が起こったと?」
まるで、趣味の悪い「博多テーマパーク」にでも紛れ込んでしまったみたいだ。意味がわからず、二人は立ち尽くした。

 

続きはこちらから→第三話

「博多さっぱそうらん記」連載トップページ

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「博多さっぱそうらん記」とは

福岡県出身で現在も福岡に在住する作家、三崎亜記氏による新作SF小説。

1890 年の「福岡市の名前を巡る騒動」と2016 年に起きた「博多駅前道路陥没事故」から着想を得て、「博多を名付ける勢力が勝っていた世界」=「羽片世界」がもし福岡市にあったとしたら、その勢力が現実の福岡をも転覆しようとしているために陥没事故が起こったとしたら、という物語を紡ぎだしました。仮想の「羽片世界」の面白さはもちろんですが、「せいもん払い」「どんたく」「玉せせり」など福岡独自の風習も物語の骨子に組み込まれて入るため、ご当地小説としても楽しんでいただける作品です。

 

著者について

三崎亜記(みさき・あき)
福岡県生まれ。熊本大学文学部史学科卒業。

2004 年に『となり町戦争』で第17 回小説すばる新人賞を受賞しデビュー。デビュー作と『失われた町』『鼓笛隊の襲来』で直木賞の候補となる。そのほかの作品に「コロヨシ!!」シリーズ、『バスジャック』『廃墟建築士』などがある。

 

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