シティ情報ふくおか初のウェブ小説連載 三崎亜記氏作「博多さっぱそうらん記」第七話
「だからって、どうしてゴミ収集車で?」
「福岡市全域から、博多市の怨念ば洩れなく集めるためたい」
「福岡市全域って……。博多市の怨念は、博多だけでしか発生しないんじゃないと?」
「戦後しばらくまでは、博多の人間はずっと博多に住んどったけん、怨念集めも、旧博多部とその周辺だけで良かったとたい。ばってん、高度成長期に人の移動が激しくなって、従来博多に住んどった人やその子孫も、博多ば離れて、福岡市一円に住むごとなった。博多市の怨念は、博多にゆかりのある者の、博多びいきの心に誘因されて生じるもんやけんな」
かなめの博多びいきの心も、知らないうちに「博多市の怨念」を生み出していたのだろうか?
「アタシらも、この人数で毎日、福岡市中ば回ることはできんけんな。福岡市全域から、博多市の怨念ば集めるには、ゴミ収集車が好都合やろうが」
確かに、福岡市内の人が住んでいる場所すべてをくまなく巡るのは、ゴミ収集車か郵便配達くらいだ。郵便配達は郵便が届かない家には行かないけれど、ゴミ収集車はすべてのゴミ収集所を回る。
「それで、人の移動が激しくなった高度成長期に、ゴミの夜間収集がはじまったってことか」
博の言葉に、ハンの者が頷く。
「正月は、博多ば離れた者も里帰りしてくるやろうが。やっぱり博多は良かねぇって思うたんびに、博多市の怨念が生じるとたい。年末年始は、どんたくや山笠と並んで、博多市の怨念が多く生じるけんな。以前から、一月三日の夜だけは、直接アタシらがゴミ収集車ば動かして、怨念ば集めよたっとたい」
その慣例が今年は破られ、カタハネとハンの者に分かれて対立したことから、今回の騒動が始まったのだ。
「アタシらハンの者と、カタハネが対峙して、まさに一触即発やった。そん時に、筥崎の神さんが仲裁に入ってくれたとたい。それから、陰の玉ば使った、この羽片世界での『玉せせり』がはじまったわけたい」
「陰の玉で玉せせり?」
「夜中の零時になると、陰の玉が羽片世界での力ば持つとたい。玉ばゴミ収集車で奪い合って転がしていくと、陰の玉は博多市の怨念ばどんどん吸い込んでいく。その玉ば、博多にゆかりのあるものにあてたら、怨念はカタハネたちのものになる。逆に福岡にゆかりのものにあてたら、アタシらハンの者のものになるとたい」
つまり、「博多人形」や「博多ラーメン」の店に陰の玉をぶつければカタハネ側が怨念を獲得し、逆に「福岡」の名前のついた店や施設にぶつければ、ハンの者が怨念を得るというわけだ。カタハネたちが博多寄りで、ハンの者たちが福岡寄りの存在のようだ。どうりで、ハンの者たちの山笠の曳き方は、様になっていなかった。
「それじゃあ、カタハネ側は博多部に、ハンの者側は福岡部に陰の玉を持って行けば、怨念を獲得しやすいってことか」
福岡の街は、地元民には「福博の街」とも呼ばれ、街の中心の那珂川を挟んで、東側が「博多部」、西側が「福岡部」と呼び慣らわされる。
「そこが難しかとこたい。確かに福岡部におれば、アタシらハンの者にとっちゃ有利ばってん、そこは、勝負ば見守る筥崎さんが采配ば振らっしゃるとたい。敢えて敵地である博多部に踏み込んでポイントば得たら、陰の玉の怨念ば獲得すると同時に、カタハネたちが獲得済みの怨念も、おんなじだけこっちに入ってくるとたい」
「怨念を獲得できるし、相手の怨念も奪うことができて、一石二鳥ってことか」
博多づくしだったこの「羽片世界」が、表の世界の博多の姿に見えるのも、公正を期すために、「筥崎さん」がこの「玉せせり」の間だけ、元の世界に戻しているのだそうだ。
「玉せせりが行われた一月三日から毎晩、夜明けまで争いよるとばってん、決着がつかんで、毎晩追いかけっこばしよるとたい」
ハンの者たちも、疲れ切った表情だった。このままでは博多の街はゴミがあふれて壊滅してしまう。
「ばってん、あんたたちが来てくれたなら、鬼に金棒たい。恵比須巡行の時のごと、アタシらば勝利に導いてくれんね」
かなめは、博と顔を見合わせた。
「どげんする? 博君」
博は、相変わらず巻き込まれた者の迷惑げな表情だった。
「この騒動が終わらなきゃ、会議も開かれないだろうしなぁ……」
どちらが勝つにしろ、なんとか今夜中に決着をつけさせなければ。
話す間にも、カタハネとハンの者のゴミ収集車の、一進一退の攻防が続いていた。
「よし、こっちが玉ば奪ったばい。警固に向かうばい」
ハンの者たちのゴミ収集車は、天神から、警固の裏通りに向かった。天神の西側の、狭い通りにセレクトショップや飲食店が並ぶ、若者に人気の地区だ。
「狭か道に入るけんな。しっかりつかまっとかんね」
そう言って、昔ながらの細い路地の直角に曲がった道を、陰の玉を押し頂いて突き進む。
「な、なんで、こげな狭くて見通しの悪か道ば抜けていくと?」
運転にかかりっきりのハンの者に代わって、博が答える。
「今でこそ警固は若者の街だけど、かつては福岡藩の武士が住む城下町だったんだ。この鍵の手に曲がった道は、その当時の名残なんだ」
急カーブでひっくり返りながら、冷静に言っているのがむかつく。
「何でこんなに曲がっとると?」
「江戸時代に、城が一気に攻め込まれないように、敢えて曲げて作った道路なんだよ。福岡藩が作った城下町の名残だから、福岡側のポイントになるってわけだ」
ハンの者の車が、サッカーのシュートのように、鍵の手に曲がった道路に陰の玉を蹴り込んだ。狭い道に玉がピンボールのようにぶつかるたびに、「博多市の怨念」が、ハンの者たちのゴミ収集車のパッカーに吸い込まれてゆく。
だが、大通りに出た所で、先回りしていたカタハネたちのゴミ収集車が襲いかかって、玉を大きく飛ばした。
「しもうた! 玉ば奪われたばい」
カタハネたちは、「福岡部」に敢えて踏みとどまる戦術のようだった。
「あいつら、看板戦法ば取るつもりのごたるな」
カタハネたちは、繁華街の中に入り込んで、「店の看板」に陰の玉をあててゆく。「博多ラーメン」や、「博多人形」など、博多の名を冠した店だった。福岡部にありながら「博多」の名前を冠する店舗は、カタハネ側にとってのポイントになる。陰の玉に集まった怨念が、カタハネたちのゴミ収集車に吸い込まれてゆく。
「あいつらの行きそうな店はわかっとる。先回りするばい!」
「博多ラーメンしばらく」の前で待ち構えていたハンの者が、玉を奪った。
「思い切り博多側に飛ばせ!」
玉は東に向かって遠く飛び、落ちた先は博多駅前だ。ハンの者はうまく連携し、「福岡センタービル」や、「ANAクラウンプラザホテル福岡」に玉をぶつけた。博多駅前にありながら「福岡」を名乗る施設は、ハンの者側にとってのポイントになる。
港に近づき、「福岡サンパレス」の看板に玉をあてた所で、カタハネたちが遮二無二突っ込んできて、玉を東に蹴り出した。カタハネの車とハンの者の車が、競い合うように東へと向かった。
千鳥橋交差点の付近で、かなめは不思議なものを見かけた。
「あれって……? なんで道路の真ん中に電車がいると?」
「あれは、昔の路面電車の車両だな。だけど、どうしてあの場所に?」
博も不可解そうに、首をひねっている。
「今はもちろん市電は廃止されたばってん、あの場所だけ、昔の市電の線路が、アスファルトの下から顔ば出しとるとたい。そいけん、昔の市電の魂が、姿ば現しとるとやろうたい」
市電は、博多の発展に大きく関わった乗り物だ。だからこそ、この博多の裏の羽片世界に出現したのだろう。
「もっとも、線路が顔ば出しとるとが、あそこだけやけん、あの場所から動くことができんとたい」
市電の魂は、動くことができない短い線路跡の上で、先へと進みたがっているように見えた。
「あの市電も、花電車のごと、飾って走らせてやりたかねぇ……」
博は黙ったまま、市電の姿を見つめていた。
「このままやったら、一進一退で、今夜も引き分けのままのごたるなぁ」
運転するハンの者の声は、諦め混じりだった。
「そげな……。それやったら、明日も明後日もゴミ収集ができんで、博多の街は大混乱が続くってことやんね」
「そげんならんごつ、あの声の主は、あんたたちばこの羽片世界に連れてきたとやろたい。なんとかしてくれんね」
そう言えばそうだった。だけどかなめには、ハンの者たちを勝利に導く秘策など、思いつけそうもなかった。
「博君、ハンの者たちの大きなポイントになるアイデアはなかとね?」
「そんなこと言われてもなあ……」
相変わらず、博はあんまり協力的じゃない。
「博君、この騒動が終わらんやったら、あなたも会議が開けんとよ?」
「謎の声」から、「ハンの者」を勝利に導くように請われていただけではない。博にも理由はあるのだ。
「なあ、さっきから思っていたんだけど」
博が、ふと思いついたように身を乗り出し、ハンの者に尋ねる。
「どうしてハンの者もカタハネも、渡辺通りを通るのを避けるように移動しているんだ?」
渡辺通りは、福岡で一番の繁華街、天神の目抜き通りだ。西鉄福岡駅も三越も大丸もパルコも、ぜんぶ渡辺通り沿いにある。言われてみれば、確かにカタハネもハンの者も、横断はするけれど、決して渡辺通り自体を通り抜けようとはしなかった。
「渡辺通りは、カタハネ側にとって大きな得点ポイントじゃないのか?」
「その通りたい。ばってん、渡辺通りは、ハンの者もカタハネも入られん、不可侵の聖域になっとるとたい」
「どうして、渡辺通りが、カタハネ側の得点になると?」
「かなめさん。あんた、渡辺通りの名前の由来ば知っとるね」
「ええっと。何か、人の名前って聞いたことがある気がするとやけど」
福岡市には、明治通り、昭和通り、国体道路、大博通りなど、通称のある通りがたくさんある。渡辺通りもその一つだけれど、少し毛色が違うので、おかしいなとは思っていた。
「渡辺通りの名称の元になった人物、渡辺与八郎さんな、博多の大商人やったとたい」
「博多の商人が道路の名前に? それやったら、そこに陰の玉ば持って行ったら、カタハネたちの大きなポイントになるとやないと?」
渡辺通りがあるのは中央区で、「福岡部」側だ。
「渡辺与八郎は、まだ天神と博多の間が田んぼしかない頃に、周囲の反対を押し切って、全財産を注ぎ込んで、道路をつくって市電を走らせた。その道路が、彼の死後に渡辺通りと命名されたんだったな」
博がさっそく、博多うんちくを披露する。福岡市で一番の繁華街の渡辺通りが、昔は田んぼの中の一本道だったなど、想像もできなかった。
「渡辺さんは、確かに博多商人じゃあるばってん、今の福岡市の発展の礎ば築いた人たい。福岡も博多も関係なく、街の発展に尽くした人やけん、この騒動に、渡辺通りば巻き込むわけにはいかん。そいけん、筥崎さんが、聖域として封印ばしんしゃったとたい」
「それで、渡辺通りには、カタハネたちも近寄ろうとせんとやね」
福岡市の中心に、そんな「聖域」があるなど、思ってもみなかった。
「福岡側にだけ、そげな場所があるやら、不公平じゃあるたいねえ」
「博多側にもあるばい。アタシらが入られん場所が」
争奪戦から離れて向かった先は、博多駅前から港に向けてまっすぐに延びる、大博通りだった。
「なんか、あそこだけ、暗かねぇ……」
博多の目抜き通りなので、街灯はたくさん立っているのに、目の前の通りが真っ暗だ。しかも、車のライトで照らしても、暗闇が消えることはなかった。光を通さない、特殊な闇のようだ。
「あの先は確か東長寺があって、そこには福岡大仏があるはずだよな。博多側にある、『福岡』の名が冠された仏像だ。ハンの者の側にとっては、大きな得点になる場所なんじゃないのか?」
「アタシらもそげん思うて、何べんか、あの闇の中に入ってみようとしたとばってん……」
「どげんやったと?」
「光も届かんけん、どげんしようもなか。福岡大仏さんは、平成になってから鎮座しんしゃった新参の仏さんやけん、遠慮して隠れとらすとかもしれんたい」
光も届かないのでは、「陰の玉」をぶつけることはできなかった。
「暗闇に包まれとるって……、まるで福岡大仏の下にある、地獄・極楽巡りのごたるねえ」
福岡大仏の台座の下には、地獄・極楽巡りの狭い通路がある。暗闇の中を手探りで辿っていって、「仏の輪」を探し当てたら御利益があるというので、アトラクション気分で楽しめる。
「ねえ博君、あの暗闇の中で、仏の輪ば探し当てたら、御利益で闇が消え去って、福岡大仏に陰の玉ばあてることができるっちゃない?」
「そう簡単にいくわけないだろう。思いつきだけで話すなよ」
思いつきは図星だけれど、そんな風に言われるとむっとしてしまう。
「博君、このままやったら、いつまででん決着がつかんで、博多の街はゴミで壊滅してしまうとよ。少しでも可能性ばさぐらんと」
「……しょうがないな。わかったよ」
二人で車を降りて歩く。目の前に、暗闇が近づいてきた。
「よし、入るぞ」
博と共にゆっくりと、暗闇の中に足を踏み入れた。
「本当に、光が届かんねぇ」
スマートフォンのライトを点けたが、足下ですら照らすことができない。届かない光を、精一杯、闇の奥に向ける。その途端、悪寒に襲われた。総毛立つような恐怖に、かなめは踵を返して、闇の外に飛び出した。博も同じ恐怖を感じたようだ。同時に駆け出してきた。
「この暗闇、ただの暗闇じゃなかよ!」
「闇を隠れ蓑にして、中に何かが潜んでいるな」
博の言う、「何か」の感覚には、身に覚えがあった。
「あれって、もしかして、博多市の怨念……?」
博もそう思っていたのだろう。黙って頷いた。
「おそらく、カタハネ側の策略だろう。ハンの者が福岡大仏に陰の玉をあてたら、ハンの者側の大きなポイントになってしまう。だからこそカタハネたちは、大仏を博多市の怨念で囲って力を封じて、それがばれないように、地下の地獄・極楽巡りの闇を広げて大仏を覆って、カモフラージュをしているんだ」
それは、カタハネたち自身が仕組んだことなのか。それとも、カタハネたちを裏で操る存在がいるのだろうか。
「それじゃあ、あの闇ば無力化できたら……?」
「博多市の怨念を大量に獲得できると同時に、福岡大仏に陰の玉をぶつけられるんだ。ハンの者たちの勝利は揺らがなくなるだろうな」
それが、二人に課せられた使命なのかもしれない。
「ばってん……、光が届かんとやったら、中を進みようがなかよ」
二人で思案に暮れたが、うまい案は思い浮かばなかった。
「光を届ける、光を届ける……。う~ん……」
無い知恵を絞ってうろうろするうちに、頭がこんがらがって、かなめはつまずいて、転んでしまった。
「何をやっているんだよ」
博が呆れたように言った。
「なんね! ちょっと、目がちょうちんしてしもうただけたい」
おばあちゃん譲りの古い博多のことわざを使ってしまった。
「目が提灯って何だよ……。待てよ、提灯、提灯……。そうだ! 提灯! 弓張提灯だ!」
「なんね、いきなり。提灯がどげんしたと?」
「お汐井取りの時は、先頭に提灯を持った若い衆が走るだろう。あれが弓張提灯だ。あの光だったら、闇を遠ざけて、大仏までたどり着けるかもしれない!」
お汐井取りは、博多祇園山笠の始まりを告げる行事だ。「清めの塩」代わりに、筥崎宮の前の浜で「清めの真砂(お汐井)」を取って、山を舁く前に、怪我をしないようにお清めをする。その「お汐井取り」を先頭で導くのが、弓張提灯だった。
「でも、東長寺さんは、お櫛田さんとか山笠とは関係ないとじゃないと? 提灯の光が、効果ば発揮するやか?」
「東長寺は、昔は、櫛田神社に神職が不在の時は代わりに神事を執り行ったりしていたから、櫛田神社とはゆかりが深いんだ。なにしろ、山笠の時は、山笠発祥の地の承天寺と並んで、東長寺の前に清道が作られるくらいだからな」
それだったら、やってみる価値はありそうだ。
「確か、この近くに、山笠の道具ば保管する倉庫があったよ」
そんな知識だったら、博多に住んで長いかなめの方に一日の長がある。博と二人で、櫛田神社の境内を通り抜けて、心あたりの倉庫に向かう。倉庫のシャッターを押し開けた。
「提灯、提灯……、あったよ!」
首尾良く提灯を見つけて、東長寺の前に舞い戻った。
「それじゃあ、行くよ、博くん」
「お、おう」
博もへっぴり腰になりながら、闇に向けて一歩を進めた。
先に進むにつれ、闇はよりいっそう、密度を濃くした。闇の奥で、「怨念」がざわめく。これ以上進ませまいと、襲いかかろうとする。
「今だ!」
その瞬間、博が手にした提灯に火を灯した。提灯の光は、闇に妨げられることなく、周囲を照らした。まさに襲いかからんとしていた怨念が、光にひるんだように、勢いをとめた。
「思った通りだ。博多にとって、弓張提灯の光は特別で神聖な光なんだからな」
博が得意げに提灯を振り回す。光が不安定に揺れた。それを待っていたように、闇が襲いかかった。光に直接の干渉はできないので、提灯を持っている博を狙ってきたようだ。
「ちょっと、博君、しっかり光ば守って!」
「わ、わかった」
必死に踏ん張る博だったが、怨念の触手が、足先に巻き付いた。
「ああっ!」
博が転んだ。提灯が手を離れて、宙に舞い上がる。光が、消える!
「もう、何ばしよると!」
かなめは提灯の落下地点にスライディングして、何とか光を消さずに受け止めた。怨念が、今度はかなめを標的にして、足に巻き付いて引き倒そうとする。
「そうはさせんよ!」
かなめは、ポケットに入れていたものを、怨念にぶつけた。小さな砂粒ではあったが、効果は絶大で、怨念は熱湯でも浴びせられたように身を縮めて遠ざかった。
「か、かなめ……。お前、何をしたんだ?」
博はかなめのジャケットにしがみついたまま、恐る恐る周囲を見回した。
「櫛田神社ば通った時に、境内の清めの汐ばもらっとったとたい!」
「そうか、山笠の清めの汐か……。かなめ、そんな機転は利くんだな」
「何ね! 褒めるとやったら、もっとちゃんと褒め……」
かなめは言葉を途切れさせた。誰かが、呼んでいる。
「……もしかして、福岡大仏さん?」
怨念に取り囲まれて力を封じられていた大仏が、提灯の光で、かなめと博の接近に気付いたのだろう。闇はますます凝縮されたようで、提灯の光も、ほんのわずかしか届かない。闇の奥では、怨念が、少しでも隙を見せれば襲いかかろうと身構えているのがわかる。福岡大仏の声なき声に呼び寄せられるように、慎重に闇の中を進む。手を伸ばした先に……。
「あった!」
「仏の輪」だ。それを触った瞬間、闇が、吹き飛ばされるように周囲から遠ざかった。博多大仏が、力を取り戻したのだ。周囲を覆っていた闇が消え去り、「博多市の怨念」が丸裸になった。怨念の光は、福岡大仏の上空で巨大な球となって凝縮された。博と二人で、大博通りへと駆け戻る。
「ハンの者たち! 今よ! 陰の玉ば!」
ハンの者のゴミ収集車が、陰の玉を飛ばした。福岡大仏に当たった瞬間、大量の怨念が、ゴミ収集車に吸い込まれていった。
続きはこちらから→第八話
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「博多さっぱそうらん記」とは
福岡県出身で現在も福岡に在住する作家、三崎亜記氏による新作SF小説。
1890 年の「福岡市の名前を巡る騒動」と2016 年に起きた「博多駅前道路陥没事故」から着想を得て、「博多を名付ける勢力が勝っていた世界」=「羽片世界」がもし福岡市にあったとしたら、その勢力が現実の福岡をも転覆しようとしているために陥没事故が起こったとしたら、という物語を紡ぎだしました。仮想の「羽片世界」の面白さはもちろんですが、「せいもん払い」「どんたく」「玉せせり」など福岡独自の風習も物語の骨子に組み込まれて入るため、ご当地小説としても楽しんでいただける作品です。
著者について
三崎亜記(みさき・あき)
福岡県生まれ。熊本大学文学部史学科卒業。
2004 年に『となり町戦争』で第17 回小説すばる新人賞を受賞しデビュー。デビュー作と『失われた町』『鼓笛隊の襲来』で直木賞の候補となる。そのほかの作品に「コロヨシ!!」シリーズ、『バスジャック』『廃墟建築士』などがある。
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