【インタビュー】映画『人生クライマー 山野井泰史と垂直の世界 完全版』武石浩明監督「30年のキャリアの集大成を詰め込んだ作品になりました」
数々のテレビ番組のプロデューサーやディレクターを務め、第1回TBSドキュメンタリー映画祭では『GReeeeN 初告白 東日本大震災5年に HIDE が語っていたこと ディレクターズカット版』を監督した武石浩明監督。そんな武石監督が尊敬する登山家のひとり、登山家のアカデミー賞とも称される《ピオレドール2021生涯功労賞》を受賞したソロクライマー・山野井泰史の素顔に迫るドキュメンタリーの完全版が遂に公開される。
本作は’96年と’21年以降の2つのパートに分けて構成され、山に魅入られ続ける山野井さんが“ヒマラヤ最後の課題”と呼ばれる「マカル―西壁」に挑み挫折を経験するまでと、妻・妙子さんとの穏やかな日々の暮らしや、未踏の地へ挑戦し続ける姿をリアルに描く。25年越しの撮影再開に至った経緯や撮影の裏話について、武石監督に話を聞いた。
(C)TBSテレビ
ー企画のスタートを教えてください。
武石:僕は大学生の頃、山岳部に所属していて、’93年にはマカル―と地続きのチョモロンゾという7816mの山にも登りました。’91年にTBSに就職してからは、自分が好きな登山でいつかドキュメンタリーを作ってみたいと思っていたんです。そこで、自分が一番尊敬できる人を考えた時に山野井さんの顔が浮かびました。初めてお会いしたのは’91年だったのですが、何か良い機会がないか探していたところ「マカル―西壁挑戦」という話があり、そこで取材させてくださいと正式に申し込みました。
(C)TBSテレビ
ー25年の歳月を経ての撮影を再開されたんですよね。
武石:“ヒマラヤ最後の課題”とされる「マカル―西壁挑戦」を取材したのが26年前でした。しかし、それも失敗に終わってしまうんです。当時、放送はしたのですが、失敗を描くのって難しくて、僕の中で何かモヤモヤするものが残ってしまっていて。もう一度、山野井さんのことを描きたいってずっと思っていたんです。でも、なかなかタイミングが合わず…。
例えば、彼がヒマラヤのギャチュン・カン北壁登頂に成功し、両手足の指を10本失った時も、同行していたわけではなかったので難しいなと思って。
けれど、それから25年が経ち、四半世紀を迎える山野井さんを描けば、25年前の失敗がただの失敗に見えないんじゃないかと思ったんです。それを去年の3月くらいにひらめいて、4月からは取材を始めました。
(C)TBSテレビ マカル―西壁挑戦を断念した山野井さん
ーその時の山野井さんの反応はいかがでしたか?
武石:マカル―での取材を終えてからも山野井さんとは交流がありました。ですが、あらためて撮影再開の話をした時は、あまりピンときていないようでした(笑)。そして、撮影再開を申し込んだ後、山野井さんが《ピオレドール2021生涯功労賞》を受賞されたんです。彼の性格を考えると、受賞後に取材を申し込んでいたら了承してくれなかったと思います(笑)。
ー作品を通して山野井さんの目のカットが多いのが印象的でした。
武石:撮影機材にデジタルカメラや一眼カメラを用いることがあるのですが、カメラを構えていると必然的に彼の目に寄りたくなってしまうんです。山野井さんは、考えが目に現れる気がしていて。ちなみに、昔の映像の中で僕が一番好きなシーンは、懸垂下降する山野井さんが雪崩が来る直前、動物のようにきょろきょろと周りを見るシーンです。ソロクライマーとして、危険察知レベルを最高レベルにまで上げてる姿だと思っています。
ー作品のゴールを決めたのはいつですか?
武石:映画って入口と出口のどちらも大事ですよね。撮影再開後、山野井さんが伊豆の壁にチャレンジしているけれど、それはゴールじゃないと思ったり。一緒に過ごしながら、撮影しながら、話をしながらぼんやり決まっていくっていう感じでした。最後の家の壁のシーンなんて衝撃的じゃないですか(笑)。
それから今回は、作品タイトルの通り、彼がインタビューで人生について語っていたので、そこから展開していった感じです。ドキュメンタリーって、偶然撮れたものやインタビューの中で着想してストーリーを構成していかないといけないから、結構難しいですよね。完全版は109分もあって、映像も昔にいったり、現代にいったりきたりします。そういう順番やインタビューの入れどころは特にこだわりましたね。言うなれば、30年のキャリアの集大成を詰め込みました(笑)。
(C)TBSテレビ 八ヶ岳摩利支天大滝に挑む山野井さん
ー山野井さんと妻・妙子さんの関係性も素敵に描かれていますね。
武石:撮影を進めていく中で「誰に何を語らせるのか」という点についてもだわっていて、そういう意味でも妙子さんの存在は大きかったです。山野井さんが熊に襲われて大怪我したときも、妙子さんの淡々とした感じがすごくいいなって(笑)。
ー「マカル―西壁挑戦」の際、おふたりの無線のやり取りには胸が苦しくなりました…。
武石:作品にはいれていませんが、同じような状況で亡くなった方がいたそうです。登り続けようとする山野井さんに、「降りた方がいいと思う」ときっぱり伝えた妙子さん。彼女の頭には、きっとその亡くなった方の存在があったのだと思います。
(C)TBSテレビ マカル―西壁挑戦中の山野井さん
ー最後に、作品を撮り終えた今の心境を教えてください。
武石:感無量です。撮り終えて、寂しさが募りますね。約1年半がかりで、ここまで辿り着きましたので、大きな良い仕事をしたという反面、終わってしまう寂しさを感じています。
そして、この作品は登山家だけでなく、山を知らない方にこそ観てほしいです。今回は、命懸けのあそびとも言えるような山登りでしたが、ハイキングやトレッキングなど山にも色々な捉え方があることも知ってほしいです。そして、そこに人生懸けてるような人がいて、自分のやりたいことに没頭し、充実した人生を送っているのってすごいと思うんです。本当にやりたいことがあったとしてもそこから逸れていってしまったり、本気でやりたいことすら見つからなかったりする人もいるわけですから。ずっと変わらずに情熱を持ち続けている人のことを知ってもらえたら嬉しいなと思います。