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【インタビュー】リレハンメル五輪・銀メダリスト西方仁也さん「心の奥にしまっていた感情が、そのまま映像になった」

’98年の長野オリンピック。ラージヒル団体競技で金メダル獲得という輝かしい成績の裏に、テストジャンパー25人の感動の物語があった。
この映画の主人公になった、’94年のリレハンメル五輪の銀メダリスト西方仁也さんが福岡を訪れ、試写会とトークイベントを開催。自身のエピソードが映画化された感想と、撮影の裏話を語った。

約20分間のトークイベントで作品に対する熱い思いを語った

―福岡を訪れるのは初めて?

西方:今日が初めてです。宮崎には7~8年前に来たことがありますが、競技の特性上あまり南に来ることがなくて(笑)。

 

ー自身のエピソードが映画化されていますね。

西方:日本のスポーツ選手は悔しいとか悲しいとかを表現することがタブーとされていることがあります。今回の台本を読ませてもらった際に、「実はこの時こんな風に言いたかったのかもしれない」というような、心の奥にしまっていた感情が、そのまま映像となって、言葉となって皆さんに伝えることができていて感動しました。


―劇中、最後の方まで静かな西方さんですが、実際も?

西方:そうですね、あれが事実です。言葉は少なかったですし、そういった面を見せることができました。(西方さんを演じる)田中圭さんからも「この台本の内容は事実ですか?こういうことを本当に考えていたんですか?」という質問があったけれど、「決して嘘じゃないです。言葉にするならこういう表現になっていたと思います」と伝えました。そうしたら彼は「この台本はガチですね」と言っていました(笑)。


―演技について田中圭さんとも話したんですね。

西方:一つアドバイスしたのは、スキー板を持っている時の歩き方ですね。スキージャンプの板って普通のスキーよりも長いんです。「小股ではなく、ランウェイを歩くように自信を持って歩いてください。自分はプロスキーヤーだと思って演じてほしい」と伝えました。実際の試合でも、余裕のある選手は憧れのまなざしで見られるし、ライバルに余裕があるかでモチベーションが変わるので、本当は飛ぶ前から試合が始まっているように感じます。


―チームメイトとの関わりも大切ですね。

西方:チーム戦では、勝ち上がってきた若い選手が場慣れしてなくてうろたえることもあります。でも、仲間が励ましの言葉をかけることでリラックスさせて、チーム全員で勝てる雰囲気を作っていくこともあります。


―そうなんですね。映画の撮影は白馬で行なわれたそうですね。

西方:映像はパーフェクトです。実は、この撮影の際も雪が少なかったんです。なのでノーマルヒルで撮影をして、ラージヒルのジャンプ台を合成しているんですが、全く違和感なく繋がっていて驚きました。本当にラージヒルを使っているような迫力のある映像に仕上がっています。


―印象深いシーンは?

西方:テストジャンパーの中に2人の高校生がいました。僕ら大人は、五輪に出られなかった落選した選手の集まりなんですけど、2人の高校生は大人の中に選ばれて本当に心から喜んでいて、目が輝いていました。25人が連続で飛ばないといけないとなった時に彼らを見て、ふと自分が高校生だった頃を思い出して、初心に返りましたね。そこで気持ちが切り替えられたことを思い出しました。

’94年のリレハンメル五輪の銀メダル


―劇中、原田雅彦さんが西方さんのインナーと、葛西紀明さんのグローブを身に着けて本番に挑んだシーンがありましたが?

西方:あれはそのままリアルな話です。出場選手の待機部屋の下の階に、テストジャンパーの部屋がありました。あの日は本当に天候が悪かったんですが、いきなり原田がテストジャンパーの部屋に入ってきたんです。それだけで、他のテストジャンパーはびっくりしていたのですが、僕の前まで来て「仁也、ちょっとアンダーシャツか手袋貸してくれない?」って。替えで持っていたのは、原田にはサイズが大きかったので「今着ているのならいいよ」って言って脱いで渡しました。その時は、天気も悪いし練習で着るのかなと思っていました。本番で僕のインナーを着ている姿を見た時「オリンピックで何考えてるの?」と思ったけれど、「一緒に戦うぞ」という気持ちが伝わってきて、言葉にならなかったです。


―そんな中、原田さんが一本目のジャンプを飛んだんですね。

西方:彼の一本目のジャンプは失敗だと言われるけれど、あの悪天候であそこまで飛べたのは、瞬発性のある彼だからできたことなんです。重たい雪が降り積もって、トップスピードから4キロも遅い速度で踏み切りました。彼だから、飛べたんだと僕は信じています。


―最後に、映画を観た人にメッセージをお願いします。

西方:この映画も本当は昨年の6月に公開予定でした。コロナの影響で、目標にしていた大会が中止になったりして、結果を残せず悔しい思いをした人も多いと思います。私も、オリンピックに関して挫折を味わいました。けれど、その時々でやれることを精一杯やっていたので、振り返った時に「それでも頑張ったからよかったな」と思えました。この映画を観た人たちにも、勇気や希望を与えることができればいいなと思っています。

*プロフィール**西方仁也
’68年長野県生まれ。’94年リレハンメルオリンピックに出場し、ラージヒル団体で銀メダル獲得。’98年の長野オリンピックでは、テストジャンパーとして日本チームの金メダル獲得に貢献。現役引退後は、指導者として選手の育成に携わる。現在は、雪印メグミルク株式会社に勤務。

 

◆映画『ヒノマルソウル』 6月18日(金)ロードショー

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