【福岡ラーメン物語 のぼせもん。|72杯目 新博多醤油そば もやい】
「素材も手間も惜しむことなく、良質なラーメンを作り続けます」
ラーメンとは人間の「顔」のようなものだ。一人ひとりの顔が違うように、ラーメンも一つひとつの味が違う。その人の想いや生き様が表情に現れるように、ラーメンもまた人生を投影する鏡なのだ。
もやい
店主 牧尾誠 (Makoto Makio)
1971年、鹿児島県生まれ。高校卒業後、飲食の世界に入り国内外で経験を積む。2001年に独立し『ゆるり』を創業。2022年に念願のラーメン専門店『もやい』を開業する。
日本蕎麦には実に様々な楽しみ方がある。立ち食いでサッと手繰る蕎麦もあれば、落ち着いた空間で日本酒と肴を摘んで蕎麦を待ち、最後に締める蕎麦もある。一方、ラーメンの楽しみ方には、日本蕎麦ほどの幅はない。蕎麦よりも多様な味を持つラーメンであるにも関わらず。
「ラーメンももっと自由であって良いと思うんです。日本蕎麦屋のように、まずはゆっくりお酒を楽しんで頂いて、締めでラーメンを食べて頂く。そんなお店を作りたいなと思いました」
店主の牧尾誠さんは20年以上にわたり焼鳥店を営む生粋の料理人。学生時代から料理人に憧れ、国内外で経験を積んで30歳の時に独立した。ラーメンも好きで焼鳥店でも出していたが、東京のラーメンを食べた時にそのレベルの高さに驚いた。
「焼鳥屋で出していた醤油ラーメンをお客様は美味しいと言って下さっていたのですが、東京で醤油ラーメンを食べた時にあまりにも美味しくて恥ずかしくなりました。これはちゃんと本気で美味しい物を作ろうと職人魂に火がつきましたね」
いつかはラーメン専門店を開きたい。牧尾さんは焼鳥店でラーメンを出しながら、日々研究を重ねた。自分を表現するラーメンとはどんなラーメンなのか。その中で見えてきた一つの光が、子供の頃母親が作ってくれた味噌汁だった。
「毎日でも食べたくなるような、日本人が好む料理の根幹はやはり出汁だと思うんです。母親が毎朝鰹節を削ってひいた出汁を使った味噌汁のような、優しい味わいのラーメンを作りたいと思いました」
スープは鶏ガラなどの動物系の素材がベースになっているが、牧尾さんのラーメンの特徴は「出汁感」。注文を受けてから削る鰹節と昆布の旨味や香りにある。
「その都度、鰹節を手で削るのは手間なのですが、やはり削り節と比べると香りが全然違います。良いものをご提供して喜んで頂きたい。そのためには素材も惜しまず使って手間もかけたいと考えています」
麺ももちろん自分で作る。しなやかで風味豊かな麺は同業者にも卸すほどのクオリティ。廃業してしまった知己のラーメン店主に教えを乞うて技術と製麺機を受け継いだ。スープや麺のみならず、具材にも一切手を抜かない。素材や調味料も厳選して仕上げたラーメンには料理としての風格が感じられるのは、牧尾さんの料理人としての長年の経験や知識、そして生き様が一杯の丼の中に集約されているからだろう。
長い間飲食業に携わってきた牧尾さん。食材高騰や労働環境など、昨今の飲食業界を取り巻く状況には、以前から危機感を覚えているという。
「日本の飲食業界全般にも言えることですが、皆さんが苦労して作っているのに、中でもラーメンは価格が安過ぎると思います。やはり材料や技術に見合った適正な価格でないと疲弊してしまって商売は続かないと思うのです。ラーメンの価値を上げるというとおこがましいのですが、少しでも業界が良くなっていくように頑張ります」
—–
●取材を終えて
福岡のソウルフードに向き合う実直さ
数年前、福岡の飲食の知人に連れられて薬院の『ゆるり』に初めてお邪魔した時、串焼きや料理の一つひとつの美味しさやセンスの良さに唸りました。そして同じく『もやい』でも完成度の高さや素材への向き合い方に痺れました。串焼きとラーメンはいずれも福岡の人にとってはソウルフードのような日常の食べ物。作る側はそこまでこだわらなくても文句は言われない料理だと思うのですが、牧尾さんは串焼きもラーメンも真正面から向き合い徹底的に掘り下げています。現状維持を善しとせず、もっと面白く美味しくなるのではないかという牧尾さんのスタンスに激しく共感し、取材時間が大幅に伸びてしまったのはここだけの話。
【ラーメン評論家 山路力也】
テレビ・雑誌・ウェブなど様々な媒体で情報発信するかたわら、ラーメン店のプロデュースなど、その活動は多岐にわたる。「福岡ラーメン通信」でも情報発信中
新博多醤油そば もやい
【所】福岡市南区五十川1-15-14
【☎】070-8412-9171
【営】11:30~15:00
【休】水曜
【席】14席
【P】あり(4台)
【カード】不可
【インスタグラム】@moyai.hakatasoba