【福岡ラーメン物語 のぼせもん。|71杯目 博多っ子ラーメン】
「ラーメン作りは毎日大変です。楽しいと思ったことはありません」
福岡の人間にとってラーメンは日常の食べ物だ。気取ることなく安く美味しく気軽に食べられてこそラーメン。原価もかかるし手間暇もかかるがワンコインにこだわる。それが博多のラーメン屋としてのプライドなのだ。
博多っ子ラーメン
店主 増田大樹(Daiki Masuda)
1968年、福岡県福岡市生まれ。様々な職を経て親戚の営む『博多ダーメン屋』で修業を積む。2011年に実家である『博多っ子ラーメン』に入り、跡を継いで店主となる。
ラーメンはご馳走なのか、日常の食べ物なのか。厳選素材を駆使した贅沢なラーメンもあって良いし、サクッと小腹を満たす気軽なラーメンがあっても良い。多種多様であることがラーメンの魅力でもある。
とは言え、福岡人にとって日常食としてのラーメンの存在は重要だ。原価や人件費の高騰などによって、安くて美味しく気軽に食べられるラーメンが少なくなりつつある中、今もなお安くて美味しい一杯を守り続けている店がある。それが昭和52年創業の『博多っ子ラーメン』だ。
「ラーメンはワンコインで食べられるものというイメージが自分の中にずっとあるんですよ。数年前に値上げしましたけれど、これ以上は上げたくないなと思っています」
店主の増田大樹さんは当初店を継ぐ気はなかった。親戚の営む『博多ダーメン屋』で修業をして、独立をしようと思いふと実家の店をみたら経営が悪化していた。
「ここは母が始めた店なんです。母が亡くなった後は父と兄でやっていたのですが、潰れてしまいそうだったので自分が立て直そうと」。
引き継いだ当初はラーメンだけでは売り上げが立たないだろうと、居酒屋メニューも置いた。十年の修業経験を生かしラーメンも丁寧に作るようにしたら少しずつ客が増えてきた。数年後にはラーメンだけで売り上げが出るようになっていた。
臭みのないまろやかで深みのあるスープに素朴な味わいの低加水麺。豚のゲンコツや背骨の他に鶏ガラを入れるのは創業当初から変わらない。自分なりのスタイルを模索しつつ現在の味にたどり着いた。
「試行錯誤している中でもっとオリジナリティを出そうと思ったこともありましたが、最終的には原点の味に戻りました。今はそれをただ守っていくだけですね」。
『博多っ子ラーメン』は大通りから入った路地裏にありながらも、昼夜を問わず多くの常連客でいつも賑わいをみせる人気店。奥の厨房で寡黙にラーメンや焼き飯を作る増田さんと、ニコニコと明るい笑顔で客を出迎える奥様。夫婦二人で仕込みも営業もすべてこなして、毎日店を切り盛りしている。
「人を雇ったら今の値段でラーメンは出せませんよ。だから自分たちですべてやるしかないんです。やはりラーメンはスープが重要なので、仕込みも手が抜けません。そりゃ毎日お店をやるのは大変ですよ。楽しいなんて思ったことは一度もありません。ラーメンは作るよりも食べる方がいいですね」
楽しいと思ったことはないというラーメン人生も、気がつけば20年を越えていた。人を雇って育てて支店を出すことも考えたこともあったが、今はこの店と味を守ることだけを考えている。
「格好良い言い方をすれば『自分にはラーメンしかない』となるのですが、今までラーメンしかやって来なかったのでこれしか出来ないんです。自分ももういい歳になりましたし子供も結婚したので、夫婦二人でこの店をゆっくりぼちぼちとやっていけたら良いなと思っています」
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●取材を終えて
安くて美味しい実直な博多ラーメンのお手本
私が初めてこのお店にお邪魔した時にまず感じたのは、お店の中に流れる心地良い雰囲気でした。地域密着型のお店の場合、私のような一見客は居心地が悪かったりするものですが、常連さんも一見さんも分け隔てなく優しく接してくれる空気感にホッとしました。キビキビと厨房で動くご主人とにこやかに接客する奥様の絶妙なコンビネーションで、お店全体の雰囲気がとても良いのです。そして原価高で外食が軒並み値上げをしている中でワンコインにこだわる矜持も素晴らしいです。実は店主の増田さんは私と同い年なんです。どうか「もういい歳だから」なんて言わないで、この先十年二十年とお互いに元気に若々しくいきましょうね。
【ラーメン評論家 山路力也】
テレビ・雑誌・ウェブなど様々な媒体で情報発信するかたわら、ラーメン店のプロデュースなど、その活動は多岐にわたる。「福岡ラーメン通信」でも情報発信中
博多っ子ラーメン
【所】福岡市博多区奈良屋町9-10
【☎】092-291-7727
【営】11:30~14:30/18:00~20:00
【休】日曜
【席】12席
【カード】不可
【P】なし